U-MAIL(ウンコ通信) 2002/12/25 


日本でも最近、ダレの仕掛けか「パラパラ」なんてオドリが流行ったけれど、コレはそんなモンじゃなさそうだ。

「ヘラ鳥ウォッチング」:12/25

「ALL INDONESIA'S GOT THE BEAT」

by ALAN SIPRESS (THE WAHINGTON POST)

「ソレ!軍官民一体!インドネシアのPOCO−POCOダンス!」

(ジャカルタ・発)

フリ返レバ4年前、あのスハルト独裁政権末期、その追放を求めて反体制学生さん達のデモが、ゴマンと街に溢れた時のこと。

インドネシアの対暴力警察は、とてもじゃないが、チカラによる制圧はムリ、お手上げだと判断した。で、ラウドスピーカーの音量を目イッパイ上げて、POCO−POCO(ポチョポチョと発音する)を流し、さァ一緒に踊ろうじゃないか、と呼び掛けたのだ。

インドネシア東部の島で生まれたこのリズムの魅力にガマン出来ず、デモ学生たちは突如、警官と一緒に踊り始め、アワヤの緊張はウソのように溶けてしまった、というのだよ。ジャカルタ公安のオエラ方の記憶にも鮮やかに残るハプニングだったのだ。

スハルト政権は、やがて崩壊。しかしPOC0−POCOは、その後ますますイキオイを増して、インドネシア列島マルゴト、流行の渦に巻き込んでしまった。

今、インドネシアを総ナメにしておるのは、POCO−POCO(ポチョ−ポチョ)ダンス、つまり、欲情ソソル、という意味のラインダンス。

このダンスは、スカーフで顔隠すような一見引っ込み思案の女性方にも、ミニスカートに劣らずウケておるのだ。
       
このダンスのステップは、この国の離れ小島の部族の伝統に発しているのだが、軍隊によって広められた、と言っていい。

兵隊達が、夕食の後でキマッテ歌を歌い、なんと前軍司令官ウィラント大将までが、自ら歌ったCDをリリースするような、お国柄なのだよ、この国は。だから、この2年間のPOCO−POCO音楽の熱狂のウラには,実はインドネシア軍の存在がある、と聞いてもオドロクことは無いのだよ。

この音楽は軍隊の朝の体操の一部になっていた。で、それが今は、村のお祭りなどで、稲田のマン中の広場で、お百姓さん総出の踊りになっているし、街の洒落たナイトクラブに客を呼び寄せるタマにもなっておるのだよ。

最近、ある上流階級の結婚式でも、お客さんは、POCO−POCOが始まると、ご馳走ソッチのけとなった。90分ほどは、礼儀正しく、列になってキンキラキラの新郎新婦にお祝いを述べていたのだが、カルテット・バンドがPOCO−POCOをやり始めると、花飾りなどを片付けて、忽ち何十人がラインを作って踊り始めたのだ。

ライト、ライト、レフト、レフト、2歩下がって、1歩前、一歩後。

POCO−POCOのミソは、そのダイナミックで、催眠的な動きに有る。イリアン・ジャヤとして知られるインドネシア東端、パプアの熱帯雨林や岩山に響く部族のドラム・ビートに乗って出て来たパフォマンス。

インドネシアの兵士や警官が、反乱制圧にこの地方へやって来て、このダンスを覚えたのだと言う。

「イリアン・ジャヤに駐在した兵隊や警官の集会には欠かせないプログラムの一部となっていたのです」とインドネシア大学の人類学者、自らPOCO−POCO中毒と称するブディサントーソ氏は言う。

兵士たちが任地移動するにつれ、このダンスも西へ移動した。スラウェジ北端のマナードのお祭り好きな船乗り達が、これを定番化し、振りを付けた。

2年ほど前には、マルク島出身のポップ・スター、ヨーピー・ラトルが、マナード方言の歌詞をつけて歌にして、ヒット・チャートに載せた。「悩ましいアンタの踊り、そのセクシーなボディー、オレだけの恋人、ああ、オレのココロはもう傷だらけ!」

しかし、ラトルは、このダンスを全国的に広げることは出来なかった。

このダンスの普及に功績あったのは、アガム・グメラー大将。国内の反体制派や分離主義者の運動に対し、時として非情なキャンペンを行なうインドネシア特殊部隊、コパッサスの前の司令官だった人物。

彼は自分をブンカ人だと思っていたので、兵士達に、それぞれの作戦地域から伝統的な踊りを集めさせた。(この秋、彼はインドネシアと西欧のバラード10曲をあつめたCDをレコーディングした)

1994年、コパッサスの司令官に就任した時、彼はそのセレモニーで、兵士達にPOCO−POCOを踊らせた。それ以来、このダンスはインドネシア中の軍隊の定番となったのだ。

「このダンスは、兵隊たちの、独立心と協調性の育成に非常に役に立つ。特に、少人数のチームで作戦を実行する特殊部隊に於いては」とグメラー大将は説明する。

「われわれインドネシア人はダンスが好きだ。だが、ただサルサだジャイヴだ、と言うのではなくて、われわれ自身の文化や伝統に根ざした表現を試みたいのだ」先頃、ジャカルタ南部のダンス・カフェに真っ赤なシャツ、真っ黒のスラックス姿で現われた中堅建築家イマム・サントーソ氏は言う。

サントーソ夫人が、さらに、このダンスの人気を実際的な面から説明して呉れた。「POCO−POCO踊ると汗を掻くの。健康と減量に効くのよ。アタシなんか20ポンドも痩せたんだから」 


POCO−POCOと書いて、発音はポチョポチョ。唇と舌の子音がネンマク感を表現しておる。ややコミックなヒビキで、ブギウギ・BOOGIE−WOOGIEほどのワイセツ感は無いが。

などと、オノマトペ評論家として申し上げたが、実際どんなリズムなのか?

ワズカな情報によれば、日本のパラパラに似た集団ダンスらしい。パラパラより足のウゴキが多いけど単純で踊り易いとのこと。ストレス発散にはイイと言う。自衛隊では流行らないと思うけど。は。


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