U-MAIL(ウンコ通信) 2003/07/25
えー、今年は、スペイン戦争従軍時の怪我(咽頭部銃創)がモト?で、痼疾となった結核のため1950年に47才で死んだイギリスの作家、ジョージ・オーウェルの生誕100年目。
1948年に書き上げた「1984年」から20年経った今、世界はあるイミでは、その予言通りになっておる。このところヤタラとオーウェルが引用されるのも当然。
チョットオドロイタことに、いつのまにかドッカ行っちまった「1984年」を再読しようと、本屋を探したところ、ドコにも在庫が無かったのだ。入荷予定も無いと言われて、独占翻訳権持ってる神田のハヤカワ書房に赴いて手に入れたが、ナンテコッタ。
「ヘラ鳥ウォッチング」:07/04
「RANKING TOTALITARIAN REGIMES IN “ORWELLS”」 by VIKTOR EROFEYEV
「全体主義政権の“オーウェル度”の検証」
独裁政権の全体主義度を、科学的に、オーウェル式100点方式で採点するべき時が来ておる。
先ずは、全盛期のスターリニズムに、メイッパイの「100オーウェル」点。
現今の北朝鮮にも同じ点を。
キューバは、70から80点。
トルクメニスタンにも同じ点。
アレクサンダー・ルカシェンコの政権に反対して国外追放され、最近殺されたベラルーシュの作家ヴァジル・バイコフは、ベラルーシュの実情を、正面切ってオーウェルの作品と較べていた。オーウェルの描き出した世界、またはトルクメニスタンとドッコイだと。
伝統的に民主的なハズの西側諸国でも、時折、真実を口実にゴーマンな説教タレル時、偽善的な振る舞いと、国内の右傾化で、高いオーウェル点をカセグのだよ。
ワタシの祖国ロシアも、そのオーウェル度は、近年トミに高くなって来ておるが、幸いにもソ連当時ほどではない。
イラクのような、独裁者がハビコル国々のオーウェル度のダウンは、シバシバ、オーウェル度の強い西側パワーによって行なわれる。マサに、独断と自己正当化と自己免責によって。
「迫害には迫害を、拷問には拷問を、腕力には腕力を、ってなコトになる」とオーウェルは「1984年」の中に書いている。
オーウェルの現代への有効性は、その政治的物差し度の中に在る。
モノ書きが有名になるキッカケなんてホントに運マカセだ。無名の青年作家エリック・ブレアの身の上にナニが起こるかなんて誰にも分かるワケは無かった。ジョージ・オーウェルなるペンネームを名乗り、1936年のパリで、「北回帰線」書いたばかりのヘンリー・ミラーの助言を受け、それでもスペイン戦争に参加する。
ミラーはオーウェルに、デモクラシーを守るために、ファシズムと戦うなんてアホクサイと言った。オーウェルはその助言を無責任宣言だと考えた。ミラーのボヘミアン心情や、彼が描き出したパリのグータラ生活に惹かれながらも、オーウェルは社会正義、アンチ・ブルジョワ精神、世界秩序再建への理想に染まって行ったのだ。
オーウェルは共和国側に立ってスペイン内戦を戦い、重傷を負う。しかし政治的なココロの傷の方が大きかった。
スペインでオーウェルは、カクメイにツキモノの典型的な行為を目撃した。粛清、抑圧、拷問、死刑執行。これでカクメイへの信念は幻滅したが、自分自身を発見したと言える。
ワレワレが今年、オーウェルの生誕100年をコトサラに祝うのは、彼が20世紀のどの作家よりもハッキリイキイキと、カクメイの情熱が全体主義にダラクして行くアリサマを描き出したからだ。
オーウェルの政治への関心は、スペイン内戦の思い出を書いた「カタロニア賛歌」や「動物農場」「1984年」などの中に描き出されておる。そしてこれが彼独特の才能の発揮にツナガったのだ。
オーウェルの作品も、ヘンリー・ミラーに劣らずスキャンダルを巻き起こしたが、それは全くチガウ理由によってだ。
1930年代のヨーロッパのインテリゲンチャン達にとっては、マルクス主義とソ連革命はイワユルヒトツの「流行的聖域」だったのだ。
ナチに対する戦いで、ソ連が、西側諸国と同盟組んだにも拘らず、オーウェルはその全体主義を受け入れないスタンスを崩さなかった。
以後の世界の冷戦を予言するごとく、彼は連合軍がドイツに勝ったその年に、風刺小説「動物農場」を書いて、ソ連の革命を嘲笑ったのだよ。お人好しで無知な家畜たちのスガタを借りてスターリンとトロッキーの権力闘争を描写し、スターリニズムの勝利の方程式を皮肉ったのだ:「スベテの動物たちは平等だ。だが、ある種の動物たちは他の動物たちよりサラにズット平等だ」と。
ワタシは、この本を、まだガキ時代に、ソ連のサミズダッド版で読んだ。目からウロコが落ちたなんてモンじゃない、スベテが見通されていて、オカシナ気分になった。当時、この本の所持や回覧は危険だった。しかし、ゴルバチョフ式自由の出現でトクベツなモノではなくなったのだ。アリガタイことに。
小説「1984年」は、1949年、著者の死の前年に出版された。この作品は、ボルシェヴィキ革命の直後、1920年に書かれたユージェニー・ザミャ−チンの「われわれ」に強く影響されている。ザミャーチンが予言したものを、オーウェルが最終的に書き上げたと言ってもイイ。
ブンガク的見地から言うと、オーウェルの「1984年」構想の一番のミソは、全体主義国家が、反体制派を排除するために、入念に造り出した「新語法」(NEWSPEAK)というシカケ。
オーウェルのロンリに従えば、全体主義の最終目的は、その種の恐怖を「ビッグ・ブラザー」つまり「国家指導者」への「真摯な愛」へと変容させることなのだ。
「ビッグ・ブラザー」は、オーウェルのトレードマーク。ビゼーの「カルメン」や、ナボコフの「ロリータ」のごとく。
しかし、オーウェルの作家としての想像力や、反共産主義にも拘らず、彼は、共産主義下の実生活を予見することは出来なかった。
ソヴィエト国家の実験として、彼が書き出した未来ヴィジョン、1984年の共産主義下のロンドンは、革命的ではあるが、実際のソヴィエト連邦内の生活の貧困と無気力と非合理性を描き出してはいない。
「ビッグ・ブラザー」がコワイのは、不可解だからだ。特にその支配の下に暮らす者にとっては。
フム。ところで、このコラムのロシア人筆者は、もうチョイズバリ言った方がイイんちゃうか?
ツマリ「真実を口実に、独断と自己正当化と自己免責によってゴーマンな説教をタレ、高いオーウェル点カセグ、西側の民主的なハズの国家」とはアメリカである、とハッキリ言えばエエやんけ。ナゼ遠慮してるんだかワカラン。
さよ、共産主義のゴンゲが、ソノマンマ、冷酷な恐怖全体主義にダラクして行くのを、オーウェルは眺めたワケだ。ワメらは、シホン主義のゴンゲが、ソノマンマ、冷酷なユニラテ全体主義にダラクして行くのを、見届けることになるのかいな?
考えてみれば、キリスト教プロテスタントを生み、プロテスタント資本主義を生み、資本主義共産主義を生み、と年代記タドルなら、ナンノコタナイ、第1次世界大戦も、その後の「冷戦」もツマリはキリスト教ブンカ圏内の「内戦」だったワケで。てことは、「内戦」は常に全体主義に向かう、ってのがキマリなんちゃうか?
このところ、ワメの耳の貝殻にヒトツのウタが流れ続けて居る。
「BIG BROTHER IS WATCHING YOU,WATCHING YOU・・・」
きょう日、ビッグ・ブラザーって誰やろね? モチロン「小」ブッシュであるワケもないし、「ネオコン」でもあるまいて。さて?