U-MAIL(ウンコ通信) 2003/07/26
「ラムズフェルドの手は《屠殺》で汚れた」
えー、どーにもキモチがワルイのだ。このキモチワルサはナンダ?
米国ペンタゴンが、と言うか、ラムズフェルドが、サダム・フセインの2人の息子の死体写真を公開したことだよ。
これはアカンぜよ、どー考えても。いかにアタマ西向きゃシッポは東の、ポチの国の民のヒトリに過ぎなくとも、ニンゲンとしてヒトコト言っておかねば、ワメのナニカがスタルでよ。
ヒトツづつ、サカノボッて検証する。
1)先ず、2人の死体写真を「公開」したことの「倫理」のモンダイ。
サダムが親としてリヴェンジするかどーかなんてコトはカンケイ無い。ついコナイダ、ラムズフェルドは、アラブ側テレビが、西側兵士の死体や、捕虜の表情などを放映したことを、戦争倫理サダメた「ジュネーヴ条約違反」だとイチャモンつけた。そやろ?
2)その前に、2人の「殺シ方」の「美学」(アエテそう呼ぶ)のモンダイ。
敵対国交戦中の「戦死」でもなく、テダレのスナイパーの狙撃による「暗殺」でもなく、裁判(たとえ一方的な軍事法廷であっても)の結果としての「刑死」でもない。
言ってみれば「ヤミクモ抹殺」目的の「虐殺」、というより「屠殺」だよ、これは。ウム、書いてる中にワカッテ来たゾ、ホトンド吐き気、ワメの感じたキモチワルサのモトはコレだ。マットーな「戦争」には最低限の「美学」が要求されるのだよ。
3)そしてその前に、アメリカがイラクを攻撃したことの「論理」のモンダイ。
アメリカの「論理」の組立ては、スッキリ整理してしまうと。
《イ》 9・11の実行者アルカイダとイラクとのリンクの「可能性」
《ロ》 アメリカ国民の「本土の安全」にとってキケンな「大量殺戮兵器」をイラクが保持している「可能性」
イラク侵攻のエクスキューズとしての、この2ツの可能性が、ともにウスクなり、マズイことに、その可能性デッチアゲのために、ペンタゴンがCIAなどとツルンでいたらしいことまで、バレてしまった。この「論理」にフリマワサレテ、英国のプードルも、日本のポチも、冷汗タラタラ議会で詭弁に終始しておる。
モチロンこの「論理」はオモテムキのもので、そのウラに、本来のターゲットである、OPECに対抗するテコとしての、イラクのアブラ利権へのハイエナゴコロがスケスケだがそれもここではアエテ問わない。
しかし同時に、公平に、「イラク国民の暴虐抑圧者だったサダム一族を除去してやった」という主張も無効とする。これは結果論的結果論でしかない。
サラに、「イラク国民にデモクラシーをアタエて、ユタカで安全な生活を保証してヤル」という言い方は、ワメ風に言えば「バテレンのオセッカイ」。とある「ネオコン」系ヒョーロン家の分け方に倣えば、今回の侵攻が「ノッピキならぬ戦争」(WAR OF NECESSITY)ではなく「オセッカイの戦争」(WAR OF CHOICE)であることのショーメイ。
さらにワメ風歴史観でフエンするなら。西側の一種の代理宗教である「シホン主義」のツッカイ棒としての「デモクラシー」は、他の宗教から見れば「異端」でしかないのだよ。これを世界普遍のモノとして他民族に突き付けるのは、ゴーガンフソン以外のナニモノでもない。この際、「デモクラシー」は「グローバリズム」のシノニム。
ま、ワメの検証は以上に尽きる。
トニカク、なぜか分からず、あの「死体写真」と、それを「公開」したラムズフェルドの手付きに、ワメは、直感的な吐き気をモヨオシタのだよ。それを検証してみただけや。
これも直感に過ぎないが、今までナントカ辛うじて整合性タモッテ来た小ブッシュ政権ののヒトリヨガリが、この「屠殺」で、ある一線を越えてしまったような気がするのだよ。