U-MAIL(ウンコ通信) 2003/09/03 


拝啓 鎌倉市長殿 (カマクラ・リポート第13号)

えー、正満寺殿は、8月20日ごろに、住民側に通知することなく、コソコソと「着工」されたようで。

まァ,この姑息さは、自分たちのヤッテいることが、正当でないという忸怩たるココロのアラワレでありましょう。

このサイトで次々とご紹介しておる「有識者のコメント」は、さらに360度、各界に広がる勢いであります。やはり、この正満寺の例のような「経済エゴによる環境破壊」に対する一般世論の共感の大きさとキビシイ目を示すもの。

さて、ワメ等は既に、イザとなれば、現場でカメラを回し、ドキュメンタリー材料作る準備万端トトノエて居りまする。

本日は前にもご紹介した、ベテラン・ドキュメント・カメラマン、三上氏からの支援コメントを。氏は最近、東欧モルドヴァ地方の貧しい村の伝統的な壁画教会を描いた、NHKのドキュメント番組で、見事な映像を撮って居られる。


東欧の辺境の村を取材した。戒律厳しい東方正教が、戦乱と貧困に苦しむ村人たちの心を、かくも深く、癒す力を持っているのは何故か?

真正の信仰の力と美しさを、私はこの眼で見、カメラで捉えた。

ワレラが国の、葬式仏教だけに執着するお坊さん方には、仏の道などお教え頂かなくて結構。

せめて私たち善良な庶民の心を乱すことだけは、おやめ下さい。ナンマイダ。

せめてボンノウも人並みに留めて下さい。ナンマイダ。

コトあらば、ちょっと遠路だが、おっとりカメラで、イザ鎌倉、いつでも馳せ参じます。

三上 e正


ウム。このドキュメント番組は、ワメも見た。教会の壁一面に独特のフラスコ手法で描かれた天国への階梯と聖人列像。家庭を捨てて布教に打ち込む若い娘さんたち。早朝、木鐸叩いて祈りの時を告げる尼僧。サネアツ風に言えば、貧シキコトハ美シキコトカナ。

こういうホンモノの宗教心の発露を見てしまうと、ホントにイヤになるよ。ヘドが出そうだよ、正満寺のご住職のごときココロネには。「良心のカシャク」ってものが一切無いのかねェ? ワメの耳には、臓腑には、有識者からのコメントの重なりが、滝のように、音立てて落ちて来ておる。イワユル「腑に落ちる」という気分だよ。

市長殿、保健所所長殿、もう一度真剣に、深くお考え頂きたい。ワメだって、不愉快なイザコザのドキュメント番組など、作りたいワケではないのですよ。ただ、お寺側がアクマデ強硬に、不正義通すオツモリなら、致し方ありませぬ。ハラを括るしかありませぬ。正論はツラヌクしかありませぬ。

この三上氏は、1989年、野坂さんと、農協の「お米のCM」作った時の撮影監督。その他はワメが、企画・演出・音楽・コピー、スベテを兼ねましたのじゃ。

当時は丁度、ニホンはバブル真っ最中。¥のチカラをカサに着て、アメリカの企業やビルなど片っ端から買い捲くり、逆に米国から「米の自由化」の反撃食らった、マサにその時点での、フンドシ締めよ、という農協のメッセージ。

敗残兵姿の野坂さんが、米俵担いで、バブル繁栄の象徴、新宿副都心と、原宿竹下通りを、孤独に行進するという映像。「コワイ世ノ中ジャー、ヒドイ世ノ中ジャー、信ジラレルノハオ米ダケ、」とコーラスが絡み、日の丸と¥マークがチカっとサブリミナルに光る。

最後に野坂敗残兵のアップ。「日本は昔っから、瑞穂の国、米国です」とタンカ切った直後に、「ミンナ呑気ダネエ、マタ負ケルノカ・・・」と首振りつつノタモウのだ。

この後のニホンは、ピッタリこのCMの通りになった。コメの不作で、タイ米などを輸入するハメになり、アメリカは戦線を通産省ラインから大蔵省ラインに切り替え、バブルに浮かれたニホン市場を金融テクダで一気にタタキノメシ、日米情勢を逆転させたのだよ。

閑話休題:

今回、ドキュメント番組作るなら、サブテーマは「少子化・家族崩壊期ニ於ケル、墓地市場ノ需給状態」てなことになるのだろう。一般に「墓地が足りない」と言われるが、果たしてホントニそうか?

「青山墓地」の高騰は、住宅市場のブランド志向と平行する、一種のヤラセ流行現象で、ウラにはチャント仕掛け人が居てはるのや。

大体、墓所を住宅とイコールに考えるのはオカシイのだけど、やはりニンゲン、日本人、オシナベテ、生きているウチは、門ガマエにコダワリ、死んだアトは墓所にコダワル。ソコントコをツケ込まれて、高い墓地を買わされ、高い戒名売り付けられるワケや。その対価としてのココロのヤスラギなどマルデ得られずにだ。コンナ馬鹿ナコトハナイ。

その庶民の心理を、ウラノウラまで知り抜いた上に、例えば「鎌倉ブランド」で墓所を売り付ける、という発想が、当然のように出てくるワケだ。言い逃れはナントデモ。「鎌倉方面にワガ宗派のアリガタイ教義をヒロメたい」「これがワタクシの長年の想いでした」
まァ、こう言った、マボロシの「墓地需要」が、寺だけでなく、施政者にまで、無意識レヴェルで浸透しているのが現状。

要するに、マーケティング論からすれば、生活者、特に若年層の墓所への需要心理と、旧来の宗教法人が施政者ガラミで主張する供給不足のアイダには、計算不可能なほどの、タイムラグが在るのだよ。

こうした市場スタンスから、この鎌倉のイザコザを斬って行けば、社会派番組としての構成はカンタンに立ち上がって来る。その辺が、ワメと、ドキュメント番組制作者の共通の目論見。お寺さんは、やはり悪役として登場し、役所はそのアシスタントとして描かれることになる。そしてその全体が、ニホンの「構造改革」のナンヤカヤにツナガって来る。

ま、本日の能書きはソンナトコデ。

鎌倉市住人 桜井 順


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