U-MAIL(ウンコ通信) 2003/09/09
拝啓 鎌倉市長殿 (カマクラ・リポート第16号)
えー、本日のコメントは、鎌倉在住のイラストレーター・デザイナー、と言うより、真正アーチスト、福田毅 氏から。
福田さんは、常々、今、デザイナー志望のワカモノたちが、デザインを創り出すのに、「手描き」から入らず、イキナリ「コンピューター」の前に座ることに深い危惧を抱いておられる。
そう、ヒトとヒトのツナガリの間に、万事、モノ、というより、ひとつの「システム」が割り込んで来てしまうのが、現代の構図。「インプット」と「アウトプット」のハザマで、ニンゲンはボーゼンと立ち尽くすだけ。どこにも自分の居場所が見つからないのだよ。
平たく言えば、生活の中に、自然な場所が無くなった、と言うこと。それはココロの中にも、自然な場所が無くなった、と言うことやんけ。
子供の頃から教えられてきたこと。
お寺のお坊さんは「地域のみんなの為に、そこにお寺を建てていらっしゃるのですよ。」と、両親に聞かされて来ました。
そして遊び場所は常にお寺の境内だった。
お坊さんは度々僕らの遊び仲間になって遊んでくれた。
母がいつも夕食時に迎えにお寺に来たものです。おじいさんのお墓もそのお寺の中にあって、いつもその地域の生活のまん中にはお寺があり住職がいました。
それが僕らが抱いているお寺なり、お坊さんなり、お墓なのです。
ところが東京のお寺が鎌倉にお墓だけを作るという。
とんでもないことだと思う。
また、そんなことに許可を出した鎌倉市長も
とんでもない市長だと思う。
その場所は雨の日には昔から危険地域でありお墓なんてとうてい考えられないことです。
また、宗教家としてそんなことで成立するのでしょうか。
単なるブローカーのようなものですね。
「鎌倉のお墓」というブランドで売れる。
日本はどんどん崩れていく。
鎌倉市長も、保健所の代表者もこんなことでは歴史ある鎌倉を破壊しているだけだ!!!
現地へ行って市長は見て来たのか。
浄明寺にお坊さんもいないお墓。
お寺もないお墓。
僕は考えられない。
鎌倉住人 長岡造形大学教授
福田毅
ウム。福田さんの子供時代は恵まれておるなァ。一緒に遊んで呉れるなんて、まるで良寛さんみたいなお坊さんではないか。そしてそこへ、夕餉の匂いとともに、お母さんが迎えにやって来る。こうした「夕方の幸せ」など知らない子供がホトンドだ、今は。
ワメもチョット想い出した。昭和19年(1944年)、鎌倉にも横須賀爆撃帰りのアメリカ艦載機が低空飛行で回って来て、砂浜を機銃掃射したりしたのだよ。グラマンF−17とかロッキードP−38とか。高射砲弾のカケラが、音立てて屋根に落ちて来たり。でも「少国民」だったワメらは、平ッチャラで、空襲警報解除になると、たちまち「トム・ソーヤー」「ハックルベリーフィン」気分。材木座の浄土宗大本山、光明寺の境内で冒険ゴッコに興じていたのだ。今は多分「重文」か何かだろう。あの山門の二階に昇ったり、階段の途中から天井裏に入り込んで、ホコリだらけの梁に跨がったりして遊んでいたのだよ。でも、バチは当たらなかった。
嗚呼、「お寺がだんだん遠くなる、遠くなる・・」てなウタがワメの耳に聞こえて来る。「今来たこの道、帰りゃんせ・・」と。
さよ、お寺はモトモト、ワメらが安心して「帰る」ところの筈。でも、正満寺殿のごときお寺さんばかりになっちまったら、帰るところなどありゃしない。
こうして段々、確実に、日本人のココロの中から、「お寺」が消えて行く。
これはコワイことだよ。
鎌倉市住人 桜井 順
憤怒に満ちたこの夏の終わりに、
福田さんのココロやさしい画集「HEARTLAND」から、これこそそのまま僧侶のコトバ、清浄無類のメッセージをキメとしてご紹介する。
21世紀/すべてのモノが満ち足りている時代/私たちにとって最も大切なテーマは/「愛」ではないでしょうか?/大きくは地球環境への愛/地球上に生存している全ての生物への愛/そして人々への愛/友人への愛/家族への愛/etc.・・・
LOVEISBEST フクダツヨシ