U-MAIL(ウンコ通信) 2003/09/10 


拝啓 鎌倉市長殿 (カマクラ・リポート第17号)

えー、本日は、タイのチェンマイで、エイズ孤児のケア・ハウス「BAN・ROM・SAI」を主宰する名取美和さんからのコメント。
このヒト元々はデザイナー。六本木で、アンティーク・ショップを開いていたこともあるのだ。素材としてのタイ・シルク追ってる途中で突然、人生の転機が訪れたというか、タイのエイズ孤児の面倒を見るハメになった。そのハメをミッションに換えてしまったところに、このヒトの強烈な行動力と感受性があるのだよ。

日本でのNGO活動はキビシイ。この不景気で、各企業のメセナ精神は殆どドコカへ消えてしまった。名取さんは、孤児たちが描いた「絵画」(コレガナントモスバラシイノダ)や、ハウスで制作したグッズを抱えて、年何回か日本に戻り、各地でバザーを開き、その売り上げでヤットコサットコ「BAN・ROM・SAI」を運営している。今年の後半も10月と12月に「絵画展」バザーを開く予定。それについては、改めてお知らせ申し上げる。

ケア・ハウスでは、哀しいことに毎年、両親からのHIVで発症した子供たちが何人か、天国に召されて行く。このハウスが在るチェンマイは、児童売春で有名だった場所でもあり、未だに、ギラギラ日本のセクス・アニマルどもが、旅の恥のカキステにやって来るという。ナンタルコトカ!地獄に落ちろ!ッタクモウ!

名取さんのコメントは、タイの仏教のスガタについて。先日のなだいなだ氏のインド式「無墳墓主義」、タイではごく日常的なのだよ。

日本の仏教が、いかに特殊なスガタになってしまっているか、つくづく感じさせられるではありませぬか、市長殿、保健所長殿、そして正満寺殿ヨックお読み下され。


タイには、日本のようなお墓はありません。

中国人の大きな廟はありますし、クリスチャンたちは土葬され十字架を立てた墓の下に眠っていますが、タイ人はお墓を持ちません。

死後、遺体は荼毘に付され、その遺灰は素焼きの壷に収められ、火葬場の大きな「聖なる木」の下に置かれます。もちろん戒名もナシ墓参りもナシ。残された者たちの家に写真が飾られるだけです。

「BAN・ROM・SAI」の子供たちが亡くなった時は、自分たちで棺を買いに行き、納棺し、お寺に行きます。

火葬に必要な薪も自分たちで買います。自分たちで薪に火をつけ、2日後、自分たちでお骨を拾います。読経に来て貰った僧侶に支払う代金は、こちらの「気持ち」だけで良いのです。

お坊さんは、今でも村人の悩みの「相談所」であり、お寺は村人のための「集会所」であり、また、葬式のみならず家で人が集まる時は、お寺から机や椅子、食器から防水シートまで、何でも無料で貸してくれます。

タイの僧侶は、昼12時以降は何にも口にしません。朝は暗いうちから托鉢に回ります。

そもそも、お寺や僧侶の在り方が、タイでは日本よりもっと身近で「お金のかからない」存在です。

HIV感染孤児施設  バーンロムサイ代表

名取美和


ウム。ホトケの道の原型はマサにココに在る。「墓地経営」って一体何やろ?


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