U-MAIL(ウンコ通信) 2003/10/17
「鎌倉大革命」 第1報
えー、誠意ナキ鎌倉市長、ワメはもはや見限りましたので、今回からはカマクラ・リポートを、かくの如きタイトルに換えて、墓地騒動モンダイご報告続けます。
いや、これは大袈裟ではなく、今回のナンヤカヤは、マサに、この国の行政の性格解剖の絶好の標本。スッポリ採集してシッカリとピンで留め、その形態を世間に曝しましょう。
住民のイノチに関するキケンな造成工事の可否をキメル重要な判断をメグって、市長と保健所長のアイダには、実質の無いコトバが行き交っただけ。「照会」とか「指導」とか。
「市長」の要望、「市議会」の決議、いずれも「墓地造成」への懸念の表明だった筈。
オカシイのは、それを無視したカタチで、寺側に「許可」を出した「鎌倉保健所」に対して、市政側から何のクレームも出ていないこと。鎌倉市議会からの「墓地造成反対決議」受けた神奈川県側からも何の言及も無い。
このムセキニンな行政全体の構造が、結果として、鎌倉の自然環境、市民の生活環境をドンドン悪化させて居る。トイウコト。手続き上「合法」で、実質上「無法」な、寺の造成工事が、住民の「差し止め要求」無視で、強引に着手されておるのだよ。
ツマリ、今回の墓地問題で、若し、これ以降、行政側の不透明な決裁を糾弾する住民側の主張が通ったとすれば、それは「鎌倉大革命」どころか「日本役人天国大革命」にツナガルのだよ。
で、この際、ワメ等が糾弾している
「今、鎌倉で起こっている、トンデモナイコト」
を、もう一度、時日を追い、整理してお伝えして置こう。
* 本年3月31日、東京・高輪に在る「正満寺」が、「鎌倉保健所」に「墓地経営」の申請を出した。
* 正満寺が所有する、浄明寺2丁目の、狭隘道路の奥に在る崖地を造成して「墓地」とし正満寺がこれを「経営・管理」するというもの。
* 正満寺は、10年前にも、同じ土地について、同じ申請を出し、その時は、地元住民の激しい反対運動によって、隣接住民の「同意書」が得られず、鎌倉保健所の「許可」が下りなかった。
* この時のことを、後に正満寺の住職は「墓地に出来るという約束でこの土地を買ったのに、まるで詐欺に遭ったようなものだ」ヌケヌケとそう述べている。
* で、今回も「申請」をめぐる条件、事情は10年前と全く同じ。本年4月1日からの「新法」では、隣接住民の同意書ではなく、「周辺住民との協議」が義務付けられているが、3月31日の駆け込み申請だから、この義務は免除される。
* しかし、今回も前回同様、地元住民の反対は激しかった。その主要論点は3ツ。
1) 造成工事による「土地崩壊」の懸念(現在でも大雨時には多量の溢水がある)
2) この地区の「狭隘道路」の交通問題(予定されている260基の墓への墓参車数)
3) 周辺の歴史的遺産と風土の保全(古都保存法の対象地域と背中合わせの現地)
* 鎌倉保健所は、ナゼカ、寺側に旧法では義務の無い「住民との協議」を「指導」した。それは、行政側の参加・立合いは全く無いまま、「寺側の墓地設計の住民への説明」というカタチで5月、6月と2回実施され、当然ながら住民側の理解・了承は得られず、7月に3回目の協議が予定された。
* ところが。その予定日の直前に、「鎌倉保健所」は正満寺に「許可」を出した。その理由は「申請から90日を経過して、法的に別段の不備が無いので許可する」というもの。
* 住民側にとってはイミの無い3回目の「協議」では、協議どころか、「勝ち誇り顔」の住職が、一方的に「工事着工」宣言して、住民の怒号の中に決裂して終わった。
* 以後、住民側は、不自然なタイミングでの保健所の「許可」発令に関して、何遍も、保健所と、市側に合理的論理的説明を求めたが、双方とも「法的に問題ない」と言うばかりで住民側の主要反対点、特に「崩壊の危険」と「交通の渋滞・事故の危惧」と「法」のカカワリについては、説明することが出来ず、ただただ「いまさら撤回は出来ない」と繰り返すのみ。
* 行政側の、受け身一方の「イイワケ」をツナゲて推測して行くと、次のような構図が見えて来る。
* 今回の申請をめぐっては、ハナから90日後の「許可」へ向けての合意が寺と行政の間に出来ており、保健所は「法的なクリア」のための方法を寺側にアシストしていた。
* たとえば、「墓地経営」の条件のヒトツとしての「宗派布教活動の実績」を作るため、この土地近くの浄明寺町内に、3年間、アパートの一部屋を借りて、表札を出していたと言う。周囲で布教活動を目にした人は誰も居ないのだが。
* 隣接住民の「承諾書」取得、の条件をクリアするためには、所有土地を分筆して、住民に隣接した部分は今回の墓地予定区域から外れるように細工した。つまり「承諾書」不要の状態を演出したのだよ。
* 「住民との協議」に関しては、「墓地経営」についての「厚生省」の「指導」に従った、というカタチを作るためのもので、内容はドウデモヨク「住民の了承・承諾」など初めから必要では無かった。ツマリ住民はマルッキリ、コケにされたわけだよ。
* こうしたことスベテは、「ダマサレタようなもんだ」と「土地斡旋したナニモノカ」にクレーム付けた「経営者」としての正満寺住職の意向に端を発していると言える。 もしかすると、寺が「競買」で手に入れたと言われているこの崖地自体が、前回の「不許可」以降の不況の10年間で「不良債権」の対象化していたとも推測出来るのだよ。
* そうした事情から、寺側のクレーム受けたナニモノかが、行政に根マワシして「許可」を引き出す作戦立てたと推測される。そのナニモノかにセッツカレて、焦った保健所がヘンなタイミングで「許可」を出してしまったのだよ。
* 「根マワシ」とはヒラタク言えば「談合」だが、カネの絡まぬ「談合」なんて聞いたこと無い。ヘンなタイミングで「許可」を出した行政側は、疑われても当然のポジションに居る。
さァ、市長と保健所長はドースルドースル?
冗談じゃないよ。これは「鎌倉大革命」のハジマリなのだよ。ダンマリ極めこんでれば、なんとかなる、てなモンじゃないよ。スベテはこれからオッ始まるんだぜ。
喝!