U-MAIL(ウンコ通信) 2003/12/15
えー、イラク侵攻のイイワケが「大量殺戮兵器」の隠匿だったのに、途中から「サダムを追放してイラクに民主主義を」に変わってしまった。腰のスワラぬ小ブッシュの態度を、ベテラン・コラムニスト、フリードマンが、歴史ヒモトキながら、オチョクっておる。
「ヘラ鳥ウォッチング」
「BUSH IS A PRESIDENT REMADE BY WAR」:12/09
「大統領の変心:戦争理由のスリ替え」 トーマス・L・フリードマン
最近の小ブッシュの演説、「アラブーイスラム世界へ民主主義を!」聞いたヒトは誰も、へぇ?ソンナノアリカヨ?と思うだろう。
だって、アラブ世界へ民主主義を!なんてリキンで見せた大統領は小ブッシュが初めて。そして、ハナから、この計画を考えていたなんてのは、ミエミエのマユツバだからだ。
ヨクアルコトさ、とマイケル・サンデル氏は言う。戦争で兵士が沢山死ぬと、ショックを受けた大統領は、戦争の「理由」を「変えて」しまうのだ。
リンカーン大統領のケース。
1861年に始まったアメリカの内戦、イワユル南北戦争での、リンカーン大統領の戦争目的は、南部の脱退を抑えて、連邦政府を守ることだった。しかしゲティスバーグの戦闘以後リンカーンは、より大きい目的を探さねばならぬハメに至った。それが「奴隷制廃止」であり、それは英国の支持を得るためにも必要であったのだ。
ウィルソン大統領のケース。
1916年の再選に向けて、ウィルソンは、欧州の泥沼、第1次世界大戦に、アメリカを介入させない方針だった。しかし1917年4月、ウィルソンは、上下院合同議会で、ドイツに対する宣戦布告を求めたのだよ。「世界の民主主義を守るために」
皮肉なことに、小ブッシュも、民主主義防衛をイイワケとすることで、ウィルソンと並んだカッコウだ。でも、ウィルソンの民主主義は、自由な国際関係を外交の核としたものだったのだ。
個人的にはアタシャ小ブッシュの自由民主主義の新たな強調にサンセイだ。イラク侵攻のイイワケはコレっきゃ無い。
ただモンダイは、小ブッシュ自身が、この「民主主義」主義をドコマデ理解しているか、だ。これが長期間の、コストの嵩むシゴトとなることを、どうやってアメリカ国民に納得させられるか、だ。
リンカーンは、ゲティスバーグの演説を自分の手で書いた。
小ブッシュの民主主義演説は、誰かが書いた。
小ブッシュの、このモンダイへの関わり方が、内的な直感から来たものか、外的な便法なのかは、神のみぞ知る、だ。
ウム。しかし、小ブッシュを、リンカーンやウィルソンと較べるのはどーかね?タマがチガウべな。