U-MAIL(ウンコ通信) 2003/12/26-2
えー、「ニンゲンと動物のカンケイ」について、もう1本情報追加。
今年のノーベル文学賞取った、南アフリカの作家、クッツェーに関して。
「ヘラ鳥ウォッチング」
「WHAT THE NOBEL COMMITTEE ALSO FAILED TO NOTE」:12/20
「ノーベル賞選考委員はナニ見てるんや?」 トム・リーガン&マーチン・ロウ
(ノースカロライナ・ローリー発)
今月初め、南アフリカの作家、ボーア人とイギリス人の血を引くクッツェーがノーベル文学賞を受け、彼の読者にはお馴染みのアパルトヘイト問題が、再び世界に示された。
2002年にワレワレは、クッツェーが1999年にブッカー賞を得た自作「恥辱」(DISGRACE)からの文章を朗読するのを聴いた。
その時彼が言うのには、どの批評家も、この作品の「ニンゲン関係」と「暴力」モンダイについてはコメントするが、「動物モンダイ」については誰も触れなかったと。
今回のオスローの授賞式の折りにも、スウェーデン・アカデミーの委員たちは、彼の描いた人間の悪、拷問、疎外、人種差別、迫害などについては多くの言を割いた。しかし、「動物」が「人間」クッツェーにとって持つイミについては、一言も触れられなかった。
クッツェーの作品の中に一種の代弁者として登場するエリザベス・コステロが告発しておる。
「誰も気付かないけど、トンデモナイ大量の犯罪が毎日実行されているのよ」
「世界中で毎年、480億匹の畜産動物がコロサレている。地球上の全《人口》の80倍の数。1日に1億3000万匹、1時間に500万匹、1分間に10万匹というオッソロシイ数の動物が」
「その他にも、何十億匹の動物が、娯楽、スポーツ、流行などの名目でコロされ、傷つけられ、自由を剥奪されているのよ」
クッツェーの授賞は、人間、動物を問わず、こうした他者への残酷サがブンカとして、マカリ通っている世界への告発となるべきなのに。
人間は、他の動物のイノチをオモンバカル能力を持っている筈だ。なのに、オモンバカルと、センチメンタリスト、とか、救いようも無い動物愛玩者、とかバカにされるのだよ。
クッツェーは、世界の将来をバラ色とは見ていない。ワレワレも同じだ。彼の作品を読むことで、ワレワレ人間は他の生物への残酷さを知るべきだ。動物を虐待することでワレワレ自身が失っているのはナニか、それから目ン玉ソムケルことで感じられなくなっているものはナニか、を考えるべきだ。
ワレワレが良心持つ動物存在として、生き延びるためには、クッツェーを理解し、行動するっきゃ無いのだよ。
ウム。モノが見えるヒトが見ているモノは、同じモノだってことだ。
世界は急いで「宮沢賢治」を読むべきだ。「ミヤザワケンジ」こそ、ノーベル文学賞、ついでに平和賞の対象たるべきヒトだったのだよ。カワバタヤスナリもオオエケンザブローもイイけど、ジャパネスク座敷猫や、インテリ眼鏡のペダン鳥じゃ、メダルは獲れても、世界は救えないって。
ア、マタ言イスギタ、ゴメン。