U-MAIL(ウンコ通信) 2004/01/15 


えー、お懐かしや、あの、グエン・カオ・キの消息。アメリカの大火傷、ヴェトナム戦争での、南のカイライ将軍。ドッコイ健在であった。


「ヘラ鳥ウォッチング」

「EXILED SAIGON LEADER WILL VISIT HOME」:1/14 ロイター

「アメリカ亡命者グエン・カオ・キの帰郷:歓迎?と批判」

(ハノイ・発)

アメリカ亡命中のかつての南ヴェトナム首相グエン・カオ・キが、戦後初めての帰還。このニュースは、ハノイの街の喫茶店から、ホ・チン・ミン市の空港に向かうタクシーまで、大きな話題となっておる。

元は派手やかな戦闘機乗り、そして1965年から67年まで、アメリカさんの支援受けてサイゴン傀儡政府のリーダー務めたオトコが、この水曜日、1975年に逃げ出したこの街に戻って来るのだよ。一市民として。

今年で73才になる元空軍大将は、1月21日から27日までのテトの正月の前に、ソット帰郷する予定。

戦後はずっとアメリカ住まいのグエン・カオ・キ氏は、近頃、自らの世代の発言として、頻りに平和への想いを語って居る。アメリカの学生さんなど相手に。

北ヴェトナムの首都ハノイ。かつてこの街への爆撃を自慢した男に対して、勿論、歓迎ムードは無い。

しかし先週、キ氏の帰還が地方紙に報道されると、外相は歓迎すると語った。6人の子供を持つキ氏はハノイの他、生まれ故郷のソン・タイ村も訪れる予定。

300万人のヴェトナム人の命が失われたあの戦争の痛手以降、ハノイは海外に亡命したヴェトナム人が資本と技術を持って戻って来るのを歓迎している。

既に、こうした海外ヴェトナム人からの毎年の送金は、外国からの開発援助金と同額に当たる20億ドルに達しておる。

ロスアンジェルス郊外に住むキ氏は、今や、かつての南ヴェトナム指導者連のたった一人の生き残りだ。1963年、南ヴェトナム大統領ゴ・ディン・ディェム政府転覆に手を貸し、狙い通り、空軍司令官となり、首相となったわけだった。

ホ・チン・ミン市のタクシー運転手は、学校の歴史の教科書で、グエン・カオ・キのことを習ったのを想い出すと言う。そしてキ氏の帰郷について「ヴェトナム人が親切で寛大で赦しのココロを持っている証拠だ」と。しかし「キ氏は、あの時流された人民の血にセキニンがある」とチクリ。

アメリカの退役軍人であるチャック・サーシー氏は、キ氏帰還のニュースを、ハノイの行き付けの喫茶店で耳にしたと。サーシー氏は1967年にヴェトナムに従軍し、1995年に仕事で戻って来ている。

「喫茶店の主人は、海外に亡命していた沢山のヴェトナム人たちが、帰郷を歓迎されている、キ氏のような人物までもが、と言っていた」と、サーシー氏。

しかし、アメリカに住むキ氏の亡命仲間の中には、依然としてヴェトナムの人権状態を鋭く批判し、キ氏の帰郷をも批判し、共産主義政府が民主的改革を実行するまでは、和解すべきでないと主張する向きも。


死んだと思ったカオキさん、てなもんだ。ワメにとっては、完全に「あの人は今・・・」の人物だった。30年の遠いムカシ。ヴェトナム。ベ平連以外、殆どのニホンジンは野次馬ボー観者だったが。今、現場はもっと遠いのに、何やらキナクサイ。

あの頃クルセダーズが歌っていた「戦争を知らない子供たち」が大臣やったり、防衛庁長官やったり。ゴッコがホンコに近付いておる。「戦争をチョッピリ知っておるジジイ」どもはドースルドースル。リハビリ急いで下さい、野坂分隊長!


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