U-MAIL(ウンコ通信) 2004/04/15 


えー、長寿県、沖縄の異変、ご存じか?2週間前の記事だが。


「ヘラ鳥ウォッチング」

「IT'S A NEW WEIGHT OFLIFE」:03/31

「長寿県沖縄の伝統守れ」 ノリミツ・大西

(浦添市・発)

「3キロ痩せよう!浦添市民大キャンペン」てのが始まった。

これは、浦添市だけではない、何万人の米軍基地の影響から発しておる、亜熱帯・沖縄諸島全体の社会モンダイへの対応だ。

日本で第1位の長寿県だった沖縄、それが昨2003年、オトコに関しては、ナント一気に、47県中の26位に急落したのだよ。オンナは未だ1位を保って居るが。

結論から言うと、これはアメリカ・ブンカ式の食生活が浸透したセイなのだよ。

第2次世界大戦終結以降、1972年まで、アメリカ占領下にあった沖縄は、「クルマ」「ショッピング・センター」「ファスト・フード」が、日本本土に先駆けて氾濫した。

しかし、高年齢層は、シッカリ伝統的ケンコー的食事を守っていた。これが日本を世界一の長寿国に押し上げるモトだったのだ。

しかし、アメリカ基地の中を羨ましく覗きながら育ったワカモノ世代は、自分でカセゲるようになると、ハンバーガー、フライドチキン、ピザなどをムサボリ食い始めたのだよ。
「アレはサイコーの食物だった」今年51才のK・スナカワ氏は、初めてマクドナルドを食べた時の想い出に眼を輝かせるのだ。「みんなでソコへ群がった。アメリカ兵士もいっぱい居た」

つい先日の午後、スナカワ氏はマキ湾界隈のマクドナルドのカウンターの前に居た。自分の足元も見えない程出っ張った腹の上に、白いポロシャツが伸び切っていた。彼が注文したのは、ビッグマック、フィッシュ・マクディッパー、それにウーロン茶。

スナカワ氏はこの店の歴史を正確に語り始めた。1976年、MACの日本フランチャイズ第1号店。ただし、個人所有の1号店は、その5年前に東京・銀座に開かれていた。(デン・藤田の三越店)

「スベテが1個の中に入っている食物なんて!」当時のカンゲキを彼は語った。

日本のハンガーバー・ショップの普及率は、沖縄がトップ。10万人毎に8.19店。2番目が東京で7.82店。

沖縄の首都、那覇では、ハンバーガーが家計に占める割合は、他の都市に比べ46%も高い。ベーコン60%、加工肉300%、カン詰めは400%。対照的に、サラダは49%、スシは71%だ、政府の統計によれば。

身長で言うと、沖縄人は日本で2番目のチビ、平均160センチ以下。しかし体重では1番のデブ、平均61キロ。

だから浦添市が運動と栄養を学ぶキャンペンを始めたのだ。減量成功者はホウビを貰えるのさ。

1980年、1985年、5年毎の厚生省の調査では、沖縄の長寿率はオトコもオンナも日本で1番だった。1990年、オンナはトップを保ったが、オトコは5番に落ちた。1995年には4番にモリ返したが、2000年にはナント、26番に急落したのだよ。

これが「26ショック」と呼ばれる現象。

全部が全部、そうなったワケでは無い。沖縄の伝統的料理、沢山の野菜と少々のアブラ。それが100才長寿老人を生み出しておるのだよ。

65才以上の沖縄人は、こうした食生活を踏襲しており、それが長寿ナンバーワンのモトだったのだよ。しかしワカモノが数字を引き下げておるのや。ワカイ女性の食生活も次第にアメリカ風になって来ておる。

170センチの身長、110キロの体重の持ち主、23才のダイスケ・ナカイマ氏が、スーパーマーケットから現われた。ショッピング・バッグを2ツ、ブラ下げて、車へと歩いて来た。

彼が沖縄の基本食物であるニガウリ:ゴーヤを食べ始めたのは去年のことだ。両親は、彼が幼稚園に入る前から、A&Wに連れて行った。彼の好物はルート・ビールだったのだ。
「ウチの両親はファストフードが好きだったんだ。冷蔵庫を開けると必ずハンバーガーが入っていた」ナカイマ氏は言う。

69才のアヤカ・ヤマモトさんは、沖縄料理専門のレストランのオーナー。戦争が終わって、隠れていた山から家族と共に降りて来た日のことを想い出す。アメリカのGIが、チョコレート・バーを差し出したのだ。彼女は戸惑った。すると兵士はチョコバーを2ツに折り、片方を食べて見せ、もう片方を呉れたのだ。「サンキュー」と言ってアヤカはそれを貰ったのだよ。

アメリカは、新しいモノを次々と沖縄に広めて行った:細長い米、クラッカー、ソーセージ、肉の缶詰、チーズ、小麦粉、などなど。結局、「スパム」ハムなどの製品が島全体に普及したのだ。

「つまりこれは、健康のモンダイだけじゃないのよ」とヤマモトさんは言う。「アタシたちのブンカを、どう守るかってことなのよ」


ウム。戦後55年のアメ公風食生活が、2000年に至って、「26番目」ショックを生んだのや。アメリカ占領政策が漸く完了した、とも言えるかも。

アチラ・オリジンのハイテク機器も生活を大きく変えるけど、国民性をコンポン的に変えるのは、やはり食べ物なんよ。

しかし、コカコーラ、マクドナルド、その他アメ公ブンカを象徴する商品へのアレルギーが、全世界的に澎湃として起こって来て居る。賞味期限が切れたと言ってもヨロシイ。末期シホン主義、独善デモクラシーへのアレルギーと並行しての現象や。

小ブッシュがナント言おうが、ヴェトナムイラクへのQUAGMIRE1本道は、パクス・アメリカーナの終焉への道。9・11は、その開始を告げるアラブの一撃であったことは、今やマチガイナインちゃうか。は。


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