U-MAIL(ウンコ通信) 2004/10/29 


えー、またまた、イラクで「日本人人質」。イラク反乱テロリストの、常套化した手段。

タイムリーと言うか、ここに、「テレビ公開処刑」についての反論・警告が載って居る。ウム、覚えて居られるか?2002年、パキスタンで「公開処刑第1号」となった、ウォールストリート・ジャーナルの記者、ダニエル・パールの両親の手記なのだよ。


「ヘラ鳥ウォッチング」

「UNITE AGAINST EXHIBITION KILLINGS」:10/29

「テレビ公開処刑に一致して反対しよう」 ジュディア&ルース・パール

(ロスアンジェルス・発)

「テレビ公開処刑」は、今や、21世紀のヒトツのブンカ・パターン?となって、人々のココロに染み込んでしまって居る。

かつてナチスが「隠そうとした残虐」を、堂々と人目に曝すことで、逆に犯罪を正当化しようとして居るのや。

日常化して来たこの行為に対して、世界は一致して対処すべきやねん。

まず、西側のイスラム宗教者が、この一連の犯罪の主役ザルカウィを、イスラム教の根本教義に真っ向から反逆するものと、正式に宣言すべし。

国連は、これを、法的、倫理的に、人道に反する犯罪として告発すべし。

そして各メディアは、「公開処刑シーン」を「レイプ・シーン」「爆弾製造マニュアル」同様に扱うべし。


ウム。その通りじゃ。

ただし、この論説には、決定的に欠けている認識がある、とワメは思うのや。

それは、「西欧ブンカ・パワー」の「圧倒的格差」への認識だよ。

これは早くも、9・11直後、2001年10月29日の「朝日新聞・私の視点」欄に、京大助教授、岡真理女史が提起された観点。

「記憶の《経済学》の格差」がそのタイトル。その論旨は。
9・11事件は、西側メディアを通じて「人間の歴史に長く記憶される悲劇」と形容された。

しかし、1976年、1982年、パレスチナ難民がレバノン右派に、それぞれ4000人、2000人、虐殺された事実は「人間の歴史」として「記憶」されることは無い。

この「記憶」の圧倒的な、暴力的なまでの不均衡、それも、いわゆる「南北格差」なのだ。テロルを生み出す温床として「南北間経済格差」が指摘されるが、この「記憶の偏在」と「富の偏在」は同根の構造に由来して居る。


ウム。そして、この後、中沢新一サンも、この「圧倒的な格差」を、「9・11」事件と「狂牛病」事件に通底する現象と見て、宮沢賢治の動物譚を引き合いに出して論証されたのやねん。

ドッチの論説も、この「U−MAIL」欄で取り上げて、ご紹介申し上げた。

いわゆる「ヒューマニズム・錦の御旗説」は、やはりキリスト教的偏光の中でこそ普遍。
今回の人質事件も、本来は、この「圧倒的格差」の事実を分母に、西側メビウスの帯の上に乗っかってヒョコヒョコしてるだけの、この国のスガタを、考え直す契機やんけ。


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