U-MAIL(ウンコ通信) 2005/03/07
えー、サダム・フセインの裁判が暗礁に乗り上げて居る。そして世の中には、「小ブッシュの戦争」を正面から断罪し、サダムの肩持つ正義派ウルサ型も数多く居てはるのや。
「ヘラ鳥ウォッチング」
「IRAQ TOO VIOLENTFOR TRIAL」:03/04(共同通信)
「サダムの裁判、延期するっきゃないかも」
(TOKYO・発)
サダムとその政府閣僚の特別法廷を担当する裁判官が、今週暗殺されたことで、この裁判の先行きに不安が高まって居る。
来日中のサダムの主任弁護士ザイアド・アル・ハッサウニー氏は、「街は燃えている、裁判官は殺される、イラクには危険が多すぎる。裁く側も弁護側も、資料を読み、研究し、論議するためには静穏が必要。こんな状態では裁判は始められない。この裁判は少なくとも1年は延期すべきだ」と。
この火曜日、59才の裁判官パーウィッツ・ムハンマド・アル・メラニーと、弁護士である息子の2人は、バグダッド市内の自宅からクルマに乗ろうとしたところを、3人の犯人に銃撃され死んだのや。
多くの人が、この裁判に反対して居る。裁判官はテレビに映ったり、写真を撮られたりすることを拒む。顔がバレれば、殺されるかも知れないのだ。
今回の事件は、イラク特別法廷関係者から出た最初の犠牲者。その動機はハッキリしないのだが、この月曜日、法廷はサダム政権の前閣僚5人に、照会状を送り付けた。容疑は人権侵害だが、その中には、サダムの異母兄弟も含まれて居るのや。
照会は告発同様のもので、裁判を始めるための最終ステップなのだ。でも、裁判の開始期日は未定。
ハッサウニー氏は、ヨルダンのアンマンに住んでいるが、彼自身もまた、もしサダムの弁護のためにイラクに入れば、「八つ裂きにしてやる」と脅迫を受けているとのこと。
イラクの特別法廷は、2003年末、サダムが拘束された後、設定された。
ハッサウニー氏は原則的に、この裁判自体に反対で、今でもサダムがイラクの法的大統領だと考えて居り、「イラクの法律に拠れば、サダムはいかなる法廷に於いても裁かれることはない。裁判自体が違法なものだ」と。
サダムの弁護を、その妻と娘たちに委託されているハッサウニーの委員会は、世界各地からボランティァで集まった2000人で構成されて居る。その中には、1960年代に、リンドン・ジョンソンの司法長官つとめたラムゼイ・クラーク弁護士も居てはるのや。クラーク氏は今週、サダム支援を求めて訪日中。
ウム。ラムゼイ・クラークは、1991年の湾岸戦争最中、アメリカ爆撃下のバグダッドに赴いて、イラクの惨状をツブサに観察、1992年に「THE FIRE THIS TIME」(湾岸戦争に於ける米国の戦争犯罪)なる本を書いて、大ブッシュ政権を激しく非難、告発した人物。
この本、日本では1994年8月15日に「ラムゼイ・クラークの湾岸戦争〜いま戦争はこうして作られる〜」というタイトルで地湧社から発行されて居る。ワメは9・11直後にこの本を手にして、目ン玉からウロコがボロボロこぼれ落ちたのやねん。
父親を含めたそのキャリアに灰色の部分がある、と言うことで、毀誉褒貶の多い人物だが、この本の分析はキワメテ正確なんちゃうか?80年代のイライラ戦争も、ネライは双方の国力消耗。そして1991年のイラクのクエート侵攻は、いわば「真珠湾」であり、サダムは大ブッシュに引っ掛けられたのや。で、クリントンの8年を挟んで、2001年からの小ブッシュの「使命」はハナからオヤジの政策の延長上にあったわけや。
つまり、巨額な予算を維持したい「国防総省」、中東への武器販売と国内の軍事契約に依存する「軍需産業」、原油価格に対する支配力強化と利益の増大を望む「石油会社」、それにソ連の崩壊を米軍の中東常駐の絶好の機会と考え、石油資源の支配により、巨大な地政学的勢力を21世紀に向けて構築しようとする「(大)ブッシュ政権」、こうしたアメリカの巨大勢力の持つヴェクトルを、クラークはスベテ検証済みだった。
だからこのヴェクトルが、「サダム征伐」へ向かうことは当然であって、9・11は、その「口実」(ヤラセ説まである)として役立ったことはタシカだが、「それナシ」でも、「サダム征伐」は実行されたに違いないことが、この本読めばヨクワカルのだ。
それにしても、米国に対する「国際戦争犯罪法廷」開いたり、ニューヨークで反戦デモを組織したり、今回は東京にまで来たり。この男の活動力はスゴイ。もう78才なのに。