U-MAIL(ウンコ通信) 2005/04/27-3 


えー、折角、コイズミ君が、陳謝反省して見せたのに、胡君は「態度で示せ」と。ヤスクニ神社に「行かない」という消極的態度では、了承しないのではないか?なにしろ胡君も13億人民の不満エネルギーを逸らすべく、必死なのや。

で、ここに、ヒトツのサジェスチョン。ザルツブルグ・セミナーの「歴史的正義と和解」研究所のライバック教授の教訓:コイズミ君よ《跪拝》せよ、ヒザマヅクのが一番。


「ヘラ鳥ウォッチング」

「JAPAN MAY HAVE TO BEND ITS KNEE」:04/26

「日本もヒザマヅケば?」〜ドイツを見習って〜

ティモシー・ライバック

(ザルツブルグ・発)

コイズミ首相のW・W・2の残虐行為への「深い反省」と「心からの謝罪」は、トドノツマリ1995年のムラヤマ首相のコトバと同じやんけ。当時の外務省官吏、今のハーグ国際法廷判事のオワダ氏の、20万韓国慰安婦へのコトバも同じだったのや。

日本は戦後何十年もアヤマリ続けて来たのだが、誰も聞こうとしない。日本としてはイラツクことであり、不公平と感じることだろう。

ドイツと同じく、戦時中の指導者たちは、人道に反した犯罪人として処刑されて居る。

ドイツと同じく、多額の賠償金を支払わされて居る。

ドイツと同じく、歴史教科書を容赦なく改訂した。「自虐史」と呼ばれるほど。

にも拘らず、戦後60年、ドイツがヨーロッパ連合に迎え入れられて居るのに、日本は、アジアの隣人たちとの話し合いが殆ど出来ず、ただただ、アヤマリ続けて来て居るのや。
この際、ドイツの経験から教訓を引き出すべきではないかね?

歴史上、ドイツほど、ヒドイ戦争犯罪を犯した国は無い。しかしドイツほど、国家の反省をオープンに、説得力もって、実行した国も無い。

ドイツは「ポスト・ポスト・ホロコースト」とでも呼ぶべき時期に入って居るのや。ドイツ軍は、ナチが占領していた地域に戻ることも出来るし、ドイツ国民は、歴史的相対主義から告発されないで来た連合軍の爆撃による「犠牲者」についてオーッピラに論じることも出来る。

しかし、公的な免罪への道は遠く険しい。最初、多くのドイツ国民は、ニュールンベルグの「主要犯罪人」に自分たちの罪をすべてナスリつけた。しかし、その後の世代は、過去の歴史と向き合い、道徳的責任感を示した。

1970年、ドイツ首相ウィリー・ブラントはポーランドを訪問し、ワルシャワ・ゲットー反乱犠牲者の記念碑の前に「ヒザマヅイタ」。この姿はどんなコトバより強力だった。
その15年後、ワイザッカー大統領が「集団責任」なる観念を提出した。この20年間、ドイツ国民は、集団として、その責任と向き合った。

政府も、社会民主党も、キリスト民主党も、旧ソ連ブロックの社会再建に、中心的役割を果たした。

強制ドレイ労働者にも何百万ドルの賠償金を支払った。罪を認め、賠償することで、ドイツ国民は輝かしい規範を作ったのや。

日本はドイツにオクレを取って居る。日本の努力は、散発的、消極的で国際社会に認知され難いのだよ。

モンダイは、政治的、経済的なものより、ブンカ的なものなのや。ブラント首相の「ヒザマヅキ」は、意外だったので、ヒジョーに印象的だった。しかし、ドイツ人にとってはオドロキだったこの行為は日本人には考えられないことかも。

最近、日本の元外交官がワタシに言ったのや。こうした行為を日本人が取っても、国際的には「ココロにも無い仕草」と見え、日本人にとってもバカ気た振る舞いに見える、と。
もうヒトツの障害は、日本人の「赦し」への態度。ヒロシマの犠牲者を悼む一方で、ゲンバク落とした当の相手に「怒り」を向けない。何事も「赦してしまう」高貴な心性持った国民なのや。

しかし、この心性が、逆の立場に立った時、相手からも「赦される」と思い込むんちゃうか?

先週の謝罪で、コイズミは過去と向き合い、アジアの隣人たちと和解するキッカケだけ作った。

さよ、ブラント首相以前には、ドイツのリーダーが謝罪で「ヒザマヅク」なんて想像もできなかったのだよ。この行為は世界だけでなく、ドイツ国民にも「ドイツのイメージ」を変えさせたのやねん。

日本も、同じような、大変化の一瞬が必要なのかも。過去に打ち克つには、テメエ自身に打ち克たねばよ。


ウム。なかなか具体的なサジェスチョンではないか。コイズミ君にブラント首相のマネしろってか?

「ヒザマヅク」てのは、「土下座」とはチガウのや。「ヒザマヅク」のはバテレン式に、父なるカミの御座します「祭壇」の前での伝統的キマリポーズとちゃうか?ブラント首相は「片膝」折ったのか、「両膝」着いたのか?「片膝」ではカッコ良すぎるやんけ。やはり「両膝」だったのだろう。

手の「祈り」のカタチは東西似ておるが、日本では「礼拝」はしても、「ヒザマヅク」てのは無い。

中国式に皇帝の御前で「叩頭」する習慣は卑屈やねん。「土下座」はこのところ、ナニかがバレた時の、日本大企業のエライサンたちの特許ポーズ。「とりあえずの風避け」としか見えぬ。

「謝って見せる」カタチてのもヤヤコシ。やっぱり「自分が罪を冒した」という実感ナシに、ヒトに感銘与える行動を期待するのはムリやろが。

「時」はドンドン経つ。政治家の年令はドンドン若く稚くなる。オマケに平和ボケの飽食国家では、追体験的想像力は貧弱をキワメル。

自然なカタチでの「和解」のチャンスはドンドン遠退く。

いつの間にか、ワメも、ニホンの首相、中国の主席、ともに頼り無いガキッチョに見える年令になってしもうたのや。アーメン。


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