U-MAIL(ウンコ通信) 2005/04/28-2 


「BLACKS,WHITES, AND LOVE IN AMERICA」:04/25

「黒・白・愛・米」 ニコラス・D・クリストフ

(紐育・発)

この何十年かの、アメリカの人種モンダイの進歩を示すモノサシは、黒と白が、ハートを通じ合い、ケッコンに至る例がゴマンと増えたことや。

2000年の調査では、黒のオトコの6%が、白のオンナと結婚しておる。黒のオンナの3%が、白のオトコと結婚しておる。年令が若くなるほど、黒白結婚率は高くなっておるのや。

10年毎に、異色結婚は倍増しておる。アメリカ人の40%は、色のチガウ相手とデイトした経験を持つ。

しかし、この傾向の例外がある。ハリウッドや。デンゼル・ワシントン(黒)とリース・ウィザースプーン(白)とが熱烈に愛し合うってな映画をナゼ作ろうとしないのか?

大手の映画会社では、黒のオトコと白のオンナのロマンスは、先ずはタブーなのだよ。

今や、実生活では、肌色にカンケイなく愛し合うアメリカ人なのに、映画産業だけは、それを写し取ることにメチャ臆病なのだよ。

と言うか、映画はむしろ、ギリギリのセクスとか、ヌードとか、暴力にイッショケンメなのかも知れないが。

1967年に、黒のオトコの子と白のオンナの子が、プラトニックに愛し合って両親を当惑させるハナシ《ネェ、デイナーに誰を招んだと思う?》がタブーを最初に破った。

2005年にこの作品はリメイクされたが、黒白モンダイに関しての進歩は殆ど無い。
白のオトコが黒のオンナと恋に落ちるハナシだが、これはムカシの農園主が、奴隷オンナを愛するというホノボノ古典的な筋立て。

映画世界の外では、変化はメザマシイ。かつて、41の州で、異色結婚を禁じて居った。1958年の調査では、白の96%が、白黒結婚を否定したのや。

同じ年、ノース・カロライナで、7才と9才、2人の黒少年が、白少女にキスしただけで、レイプ未遂とされ、12年と14年の刑を言い渡されたのや。当時のアイゼンハワー大統領の圧力で、2人は無事解放されたのだが。

その頃からムードが変化し始め、1967年が転回点となった。国務長官ディーン・ラスクの娘が黒人と結婚し、ラスク長官は娘と腕を組んで教会のバージン・ロードを誇らしげに歩いたのや。これは「タイム誌」の表紙を飾った。1967年は前述の《ネェ、デイナーに誰を》が作られた年でもあり、「白黒混交ご法度」が最高裁で破棄された年でもあるのだよ。

しかし、娯楽産業はノッケから、白黒モンダイには腰がヒケテいたのやねん。1957年ABCテレビのアラン・フリードのショー番組で、黒歌手フランキー・ライモンが白オンナと踊っただけで、ABC当局は直ちにこの番組をキャンセルしたのや。

大衆的な娯楽こそ、アメリカ文化のモト。来年末にリリース予定の《エマの戦争》が、このタブーのヒトツの突破口となるかも。主演とウワサされているニコル・キッドマンが、アフリカ人と結婚するストーリー。ハリウッドがシェクスピアの「オセロ」を取り上げるなんてスンバラシイではないか。

ハリウッドが長年の因習打破に成功することをイノル。

例の、ブラウン対教育局の事件が、アメリカの小学校のシロクロサベツ撤廃を導いてから半世紀、「愛のカベ」の崩壊は、サベツ撤廃への重大な変化やねん。義務とか罰とか法律ではなく大胆なオトコとオンナのハーモニーが、それを実現するのはスバラシイ。


ウム。1967年と言えば、ツイコナイダって感じだ。ワメが初めてアメリカにションベンしに出掛けたのが1964年や。シロクロサベツ撤廃の「公民権」進めたケネディが死んだ直ぐアトやった。あの後ベトナムが本格的に始まったのや。ションベンしただけでは、その国の本当のスガタなんてマルデ分からぬ。振り返ってツクヅク思う。あのころアメリカがまだ白黒にそんなにコダワっていたなんて信じられないぜ。アメリカってなんとオクレタ国なのか。


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