U-MAIL(ウンコ通信) 2005/06/06
えー、どうにも抑えようのないイラクの反乱ゲリラ。これに対処する具体的方法の提案。筆者は元アメリカ陸軍中佐。オクスフォード大学の客員教授。その他の経歴不明。
「ヘラ鳥ウォッチング」
「WAR FROM THE TOP DOWN」:06/03
「イラク警官・軍人を《米国留学》させよ」 ジェームズ・S・コラム
(英国・オクスフォード・発)
なぜ、イラク政府の武装勢力が結集出来ず、政治的にもスジの通った政策が立たず、反乱ゲリラを制圧出来ないのか?
歴史を振り返れば、そこに、反乱制圧の重要なモデルになる例があるのだよ。
サダム政権が倒れた直後、アメリカ連合軍の兵力はイラクを完全支配するには不足していた。これが反乱ゲリラに武器を獲得し勢力を増す絶好のチャンスを与えてしまったのや。
後手々々に廻ったアメリカ軍は、先ず、大量の警察官を募集して短期間のトレーニングを施した。この即席軍はまったく役立たずだった。
目下、イラクを安定させること、アメリカ軍を帰還させること、この2ツを果たすためには、イラク人に充分な専門教育を施して、自分自身でこの戦争に勝利させることが必要。そこで、歴史上にそのイイお手本があるというワケだ。
1948年、マレーシアで反乱が勃発した時、英国は、4万人の陸軍を送り込むと同時に、植民地警察と守備隊を大急ぎで増強した。しかしこれは役立たずだった。
そこで、英国の新司令官たちは、潤沢な人員を擁するマレーシアに欠けているのは有能なリーダーシップだと気が付いたのや。
警察指揮官アーサー・ヤング卿は、長期間のトレーニング企画を始めた。有能な人材を数十人、英本国に送って、1年間警察専門学校でトレーニングしたのだよ。何十人かの若い将が、マレーシアで英国が経営する新しい政治と軍事の学校に送り込まれた。
さよ、この方策は一時的には人員不足を生じたが、効果テキメンだった。1953年までには、警察力は目に見えて改善され、政府はこの反乱を押さえたのだ。
今のイラクの情勢はこれに似て居る。バグダッド陥落後、アメリカ当局は、イラクの警察と軍隊がサダムの下で、如何に私物化され腐敗しているか、よく理解出来なかったのや。
この手の連中の性格はよく分かって居るやんけ。1990年代、NATO軍は、古いワルシャワ協定の軍隊を再建するのにタイヘンな費用とテマヒマ掛けたのや。
経験からワタシは、イラク人のトレーニングが、いかにムズカシイ仕事か分かって居る。ワタシの仲間の一人は、東欧の兵隊を教育した時とピッタンコ同じとオドロイて居った。
多くのイラク軍将校たちは、イイ給料と年金を、ラクして貰うことしか考えて居らぬ。でも中には、より良いイラクを建設したいと思っている連中も居てはるのや。でも、そのための、基本的専門的トレーニングが欠けて居るんよ。
だから今、一番の方法は、マレーシアの例に倣って、有能な連中をアメリカに留学させることだ。彼らが帰国すれば、軍を指揮出来るだけでなく、軍教育者として役立つ筈だ。
アメリカ軍兵力を削減する必要に迫られているペンタゴンとしては、コレっきゃないだろうがよ。この1年半、ペンタゴンはイラク兵のトレーニングの殆どを、民間に請け負わせて来た。それはイラク国内での短期間の訓練、あるいはヒトツカミの中級役人を湾岸諸国に送っての訓練に過ぎなかった。その結果が現在の、反乱勢力益々サカンと言う惨状。
海外での専門的な訓練でイラク将校にリーダーシップの根本を学ばせること。西欧軍隊がデモクラシーに奉仕しつつ、戦闘でチカラを発揮出来るのはそのセイだと言うことを。
マレーシアの例に倣って、何百人かのイラク将校をアメリカに3、4年留学させることを私は奨める。その間、アメリカ軍が現在の規模を維持することが必要になるが。
その費用は多分、1年1億ドルは掛かる。ペンタゴンは渋い顔するかも。でも、ある種のハイテク武器の値段に比べたら、モンじゃない筈。
アメリカがイラクの中に、有能な指導者を育てない限り、2年前にはカンタンに思えた、デモクラシーを広めようと言う理想的計画は、失敗に終わるだろうよ。
ウム。これは現実的サジェストかも。アメリカの理想とやらがタダシイとして、だが。