U-MAIL(ウンコ通信) 2006/05/29-2 


《CLASS IN AMERICA》

「アメリカの社会的階級」第3回:05/05/20

3)《CLIMBING THE LADDER, BUT UNEASY IN 2 WORLDS》

「階級上昇に成功、でも2ツの世界に挟まれて不安」 タマー・レウィン

(ケンタッキー州・パイクヴィル発)

デラ・ジャスティスは、パイク郡の法廷で、陪審の前に立ち、自分の依頼人の土地が隣人の墓地拡張によって不法に横取りされたと陳述して居る。

そのアパラチア訛りから、ジャステイスがケンタッキー東部のブンカにドップリ漬かった田舎娘であることは歴然。

さよ、デラ・ジャスティスは、アパラチア山脈の産物やねん。家族はビンボーで、何年間かは、屋内に水道が引いてない家に住んで居た。父親は不在。腹チガイの兄が時折、リスを撃って来て家族で食べた。母はデラが9才の時、再婚したのや。相手はトラック運転手で留守勝ち、デラは病弱の母の面倒を見なければならなかった。

デラはズーッと、山のカナタの世界に憧れていた。高校卒業すると直ぐ、パイク郡を離れ、法律学校に通い、海外生活も経験し、優秀な法律家として歩き始めたのだよ。つまり、田舎の貧乏人からアっと言う間に、成功した中流階級にヨジ登ったのやねん。

34才になったデラは今、故郷に帰って来て居る。でも、その人生航路は、彼女をスッカリ改造してしまった。もはや此処に適応するのは楽じゃない。彼女の社会的位置の変化がココロのバランスを崩す。世界を2ツの異なった地点から同時に眺めるわけだ。自分が育った世界と、今、手に入れた世界と。

自分の生まれた階級の中に留まったまま、同じ境遇の仲間に囲まれて暮らすニンゲンに比べ、デラは、ブンカの差異に敏感になって居る。ヒトがどんなクルマに乗り、どんな食事を取り、休暇は何処へ行くのか、そうしたコマカイことが社会的地位を示すのだから。

社会的基準からすれば、ジャスティスは今や確固たる中流階級。なのに彼女は未だに、中流階級の感じ方を、学習しようとしているのだよ。

「階級がスベテだと思うの」最近、彼女はそう言った。「社会的貧乏階級に居る人には、人生の選択の幅が無いのよ」パイクヴィルでは、家族のルーツが決め手になる。

成功したにも拘らず、ジャスティスは人々が自分のことを、どう覚えているかが気になるのだ。とりわけ、15才の時、家族内の暴力モンダイから、孤児養育院に送られ、ミジメな9ケ月を送ったことがある。「何時だってアタシは最低の階級に居たのよ。だけど孤児院ってのは、さらに低い階級に落とされることだったのよ」「家族から隔離されたあの9ケ月は、思い出したくもないアタシのサイテイの時期」

彼女がそこから救い出されたのは、継父が彼女の境遇を聞き知って、甥のジョー・ジャスティスに電話掛けたからだ。ジョーはデラより35才も年上だったが、成功した弁護士として、パイクヴィルの中に、4ツの寝室とプール付きの家を建て、妻のヴァージニアと裕福な生活を送っていた。

孤児院に引き取りに行くまで、ジョーはデラに逢ったことが無かった。近親者が孤児院に入れられているなんて「忌まわしい」ことだ、とジョーは妻に言った。パイクヴィルでは貧乏は珍しくないが、孤児院とは酷い、一家の恥だと。

ジョー夫婦に引き取られて、デラは学校も住所も変わった、つまり世界が変わったのだ。「富裕な生活に入るのはショックだった。まるで孤児アニーがロックフェラーと暮らし始めたようなものよ。ラクじゃなかった。アタシは恥ずかしがり屋で、社会的オクテだったの」とデラは振り返る。

「初めて、アタシはチャンとした服装が出来ることになったの。でもナニがチャンとした服装だか分からなかったけど。なにかマズイことをヤラカスんじゃないかと怖かったわ」
「学校のコーラス部の旅行先のレストランで、アタシはクラブ・サンドイッチを注文したの。だけどそれが両端に楊子が刺さったカッコウで出てきた時、どうやって食べればイイのか分からなかった。で、オナカを空かしたまま、ジっと眺めていたの。気分がワルイとか言って」

ジョー夫婦はデラを、低所得家庭の子弟だけを受け入れるケンタッキーのベリー・カレッジに入学させた。周囲の貧乏人の真ん中で、アカデミックな可能性と大きな夢を追うという経験は、デラを生活改造に向かわせた。

この学校で、デラは、タバコ栽培業者の息子、トロイ・プライスと出会い、卒業すると直ぐ結婚した。デラが貰った奨学金で2人は1年間ヨーロッパに自由旅行し勉強した。

さらにデラは、レキシントンに在るケンタッキーの法律学校への奨学金を受け、家族メンバーとしてのトロイと一緒に卒業した。

第5学級を終えたところで、デラは米国裁判所の書記となり、レキシントン最大の法律事務所に入り、パートナーになるため長時間働いた。デラとトロイは住宅を購入し、旅行に出掛け、ほとんど毎晩レストランで食事を摂った。

しかし、デラ・ジャスティスは未だ自分をアウトサイダーだと感じて居た。法律関係誌の共同編集者、法廷での書記仲間、法律事務所の同僚、みんなが彼女には届かない情報の世界を持っているような気がした。

「アタシは《トリヴィアの泉》式ゲームが苦手なの。だってアタシには世間的常識が欠けているの。アタシは東ケンタッキーしか知らないけど、みんなは、マサチュセッツや北東部について良く知ってるの。誰が重要人物だとか、誰のお父さんが連邦判事だとか。みんな自分が正しいことを言っていると信じていて、ナニも心配しないのよ」

ほとんど全員が、権力者の巨大なネットにコネを持っている。「兎に角、連中は、お互いを良く知っているの」とデラは言う。

1999年に、ジャスティスの生活は変化した。パイク郡に戻っていた腹チガイの兄から電話で、妻と暮らしていた彼の2人の子供、ウィルとアンナが、孤児養育院に入れられたと言って来たのだ。

これは無視するわけに行かなかった。かつて従兄のジョーが、彼女に対して感じたのと同じように、血を頒けた肉親がそんな所に入れられていることは、堪え難かった。

デラと夫は、子供たちの保護権を取得して、レキシントンから240キロ離れたパイクヴィルに戻った。いろんな想いがあった。13才のウィルと12才のアンナは両親の傍に留まれることになった。

トロイは格好の仕事に就いた。パイクヴィルの虐待児童援助センターの所長。デラは従兄ジョーの法律事務所を手伝うことに。そのほとんどは、商法関係の仕事だったが、月曜だけは家庭裁判所に出廷し、昔の自分と同様のモンダイを抱えた家族の側に立った。

階級的偏見や、灯油で暖を取ったり、寝室の足りないような生活をしているニンゲンは、良い両親であるはずはない、と言った推論に出会うと血が騒いだ。

デラ・ジャスティスは次第に自分流の生活を受け入れるようになった。何年かを質素な借家で過ごした後、トロイと一緒に、寝室が4ツある、プール付きの家に引っ越した。

何年か後には、従兄ジョーは引退して、その事務所をデラ・ジャステイスが引き継ぐことになるのだろう。レキシントンの事務所の共同経営者に比べれば、利益の薄い、地味な仕事だが将来の確実性は高い。

「アタシは今まで精一杯働いて来たわ。自分がスタートした生活とあまり変わらない生活をするために」と彼女は言う。「そりゃムカシとは変わったわよ。だけどそれは、あたしが手に入れるツモリだった、魔法の人生とはチガウのよ」


ウム。恩返しリターン。ニンゲン味溢れる身の上話やんけ。やはりアパラチア山脈が生んだ人生行路なのやろか。


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