U-MAIL(ウンコ通信) 2006/06/09 


《ワメ的文芸大紹介》

「記憶するシュレッダー」 〜私の愛した昭和の文士たち〜

水口義朗・著:小学館:¥1470

「吉行淳之介さんを巡る《おんなたち》」「多情多恨の才女、有吉佐和子さん」「開高健さん、その人の名は言えず」「池田満寿夫さん、四人の妻への疾走」「野坂昭如さん、《姫狂い》と沖縄基地突入譚」

こんなタイトルで、それぞれ章分けされた25人の昭和作家のウラ話。ブンガクに興味無くても、チョイと読んでみたくなる本、野次馬ゴコロを刺激する本だよ、これは。

「のべ31年の編集者生活で、戦前、戦後の大方の文士たちのお顔を拝見し、謦咳に接することができたのは幸運であった。《間に合った》の思いが強い」

「あとがき」にサラリとそう書いてある。さよ、その通りや。これからの文芸編集者は全員《遅れて来た少年》に過ぎぬ。

昭和30年代からの30年間、日本の経済成長とのカラミで「文壇」という日本独特の物書きコミュニティの熟成度がイチバン高まった時期に、編集者としてそのド真ん中に居た水口サン。同じ昭和ヒトケタ世代としては、なんともウラヤマシイ貴重な経験の持ち主。
ワメ思うに、作家はみんな、テメエの自閉井戸の底に住む。一生かかって、その井戸からナンヤカヤを汲み上げるわけやねん。編集者は汲み上げを手伝いながら、一般消費者に先立って、その水をチョイと飲むわけやろが。甘い水、辛い水、アブナイ水。

イヤイヤ、そんなキレイゴトとちゃうねん。水口サンは「週刊・読書人」で述懐して居られる。

「書かせる作業は瘡蓋はぎだと思う。マグマ、作家の中でどうしようもなく熱を帯びてきている膿を出してやる。秀れた作家は、キザにいえば、時代に病んだり、時代を孕んだりしているわけで、切開手術して出してやる膿や赤児こそ作品」

「作家は皮膜をはがされることに恐怖を覚えている場合がある。虚実の虚だけじゃないかと見抜かれる怖れと、真実にせまれないでいると批判される自己防衛の両面のせいだ」

ウム、これは、ほとんど「精神病患者」と「セラピスト」のカンケイやんけ。ワメのアタマの中に、野坂、開高、寺山、と言った患者たちの「怯え」の表情がヨミガエル。

「女」が主食の週刊誌や婦人雑誌編集者として培われた水口サンの全方位的好奇心はハンパじゃない。その延長線上で8年間、人気TVワイドショーの司会も務めたワケやねん。
でも、テレビ司会者とは違い、好奇心だけでは編集者は勤まらぬ。所詮作家はワガママ気ママ、悋気持ち。

「差し出されたまだ熱気のこもる原稿を必死で読む。傑作だ!無言でにらみ合いながら、すべてを許してしまう。男と女の関係よりずっと濃厚なので困る。テレビ界にも20年近くかかわっているが、この愛憎の甘露を味わったことはない」

だから水口サンと25人とのドロドロ関係は、どれも特ネタ、素ッ破ヌキ、メッポー面白い。

しかし圧巻はやはり、冒頭の「吉行淳之介」バナシ。その死後、吉行ブンガクを胎内に着床させていた女たちの作品を世に送り出し、女同士の怨念のトバッチリと、同業者の顰蹙を、同時に買った編集者の得意と忸怩。「婦人公論」編集者と「中央公論」編集者が重なった業。

さよ、こういう時代はもう戻らないし、こういう編集者ももう出ない。

「シュレッダー昭和も遠くなりにけり」と言う一書。


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