U-MAIL(ウンコ通信) 2006/07/26-3 


「ヘラ鳥ウォッチング」

「SPANISH LESSONS FOR ISRAEL」:07/24

「イスラエルよ、スペインを見習え」 ニコラス・D・クリストフ

1982年、イスラエルの多くの友人たちは、レバノン侵攻を支持した。イスラエルの安全のためには、それっきゃ無かったと。

しかし、振り返って見れば、この侵攻がイスラエルの長期的な安全を掘り崩したのや。この行為がヒズボラを生み出した。イスラエルをレバノンから逐い出したヒズボラを見て、ハマスや他のパレスチナグループが暴力的戦術を採るようになったのだよ。

イスラエルは多数のレバノン人を殺したことで、世界の憤激を買い、反米、反イスラエル派を増やし、反イスラエルの新世代ゲリラを育て、周辺地域の強硬派に勢力を与えた。

もしアメリカが隣のテログループに攻撃されれば、ワレワレはイスラエルと同じことをヤルだろうさ。1916年、パンチョ・ヴィラが、ニューメキシコの町を攻撃して来た時、アメリカはメキシコに軍隊を送り込んだ。この派遣は失敗だった。イラクと同じや。

一方、血生臭いテロにジっと耐えて、最終的にそれを打ち破ったデモクラシーの例が2ツある。英国の北アイルランドIRAとスペインのバスクの例やねん。ドッチも、20年前には、とても解決出来ないと思われて居たのやねん。

スペインはテロ攻撃に対して、バスクに軍隊を送り込むことも、フランスとの国境地帯のゲリラの本拠を爆撃することも出来たはずや。しかしスペインは、歯ギシリし、弱腰を批判されながらも、自制して、バスクに自治権を与えたのだよ。

同様に、英国もIRAの執拗な爆撃をガマンした。IRAは、アイルランドやアメリカの支持を受け、リビアから武器を調達して居た。しかしサッチャーはダブリンも、北アイルランドのIRAの事務所も爆撃することはしなかったのや。鉄の女は、英国がキビシイ戦術を採れば、IRAへの支持を強めるだけだと見抜いていたのや。

サッチャーは1985年に、話し合いの末、画期的な「アングロ−アイリッシュ協定」を結んだ。当時、この協定はテロリストにオモネ過ぎだと、広く非難されたものだ。

ハッキリ言って、英国とスペインの自制は大成功だったわけではない。スペインはデモクラシーでバスクのテロが終焉することを望んで居た。しかしテロは増えた。サッチャーも結果は「失望」だったと回想録に書いて居る。しかし振り返って見れば、ロンドン政府とマドリッド政府のソフトなアプローチが、モラルの高さで評価され、ユックリユックリとだが、テロリストを孤立させた。だから現在、英国とスペインは、スベテの異分子と平和に共存して居られるのだよ。

この尊敬すべき自制力をイスラエルは見習うべきやねん。2007年とは言わない、2010年か2020年までには、包括的な平和協定を結べるように。英国とスペインの自制と宥和の記録は、まるで効果ナシと見えるかも知れないが、平和への究極の最上の希望なのやねん。


ウム。クリ君の、このコラムを批判する投書が今日の「Letters」に載って居るので、明日ご紹介することにする。


BACK